人間だもの

みなさんこんばんは。

夏でも冬でも年中毛布で寝ている鈴木です。

夏でも冬でも妙に寝苦しいのが悩みです。

春めいているどころか東京は春が有給とってて

夏が代わりにきたんじゃないかと思うくらい暑いです。

ちょっと来るの早すぎんよ~。

 

最近街を歩くと、花壇なんかにツツジの花が咲き、なんとも香しい芳香を放っております。

ちなみに鈴木は母の影響で紫陽花が大好きでして、そろそろ紫陽花の咲く季節になるので

とても楽しみにしております。

 

 

そんな暑い毎日ですが、

現在鈴木は九月の公演に向けて「蜘蛛となめくじと狸」に挑戦致しております。

どいつもこいつもキャラが濃くて四苦八苦の毎日。

でも周りに言わせると、僕は彼ら全ての要素を持っているらしいのです。

うーん、言葉にするのは簡単だけど、自分が何者なのか理解するのは難しい!

というより、自分の心すらしっかりわからないことの多い人間なのに、

自分をはっきり理解している人ってどれくらいいるんでしょうか?

 

それはさておき、この作品は「欲」がキーワードになっています。

みなさん、自分はどんな欲を持っているか、普段意識しているでしょうか?

鈴木はかなりヨクブカです。仕方ないよね、ヨクブカでも。人間だもの。 たいぢ

 

まあこんな具合で人間は動物的・生理的な欲求や、より高次元な社会的な欲求に塗れて生きています。

でもね、欲を持つことっていうのは、決して悪いことじゃないんです。

そもそも食べたり眠ったりしなくちゃ生きていけませんし。

 

昔父の影響で読んだ本にあったのですが、原始仏教(御釈迦様が生きていた時代あたりの仏教)では、

確かに欲から解放されることで覚りを得られるので無欲に近づこうとしてましたが

(更にいえば諸悪の根源とも捉えてません)、その後大乗仏教くらいになってくると

煩悩と欲というものがあるからこそ、菩提心(悟りを求めようとする心)も生まれるという考えが主流になったそうです。

…要は悪という概念があるから善という概念ができ、光があるから影もできるというわけですね。

どちらも不可分であるということなのでしょう。

差というモノがなければ世の中灰色です。

欲を持つということは何かの原動力にもなったりしますし、

欲求が満たされていれば心に余裕ができていろいろなことに寛容になったりします。

逆に制限されて不満となればいつか爆発しちゃいます。

ただ、欲をかきすぎるといけないよ、という教えは、仏教に限らず様々な宗教でも言っています。

この作品においても、各々欲が肥大しすぎて自滅または破滅を迎えているわけですし。

どんなことでも行き過ぎは良くない、欲をコントロールして、

うまく折りあっていかないとダメなんですね。

 

とまあ偉そうなことを書きましたが、わかっちゃいるけどやめられない(あ、そ〜れ)のが人のサガ、

こういう教えは心にとどめておいて、いざって時に思い出すくらいがちょうどいいんじゃないかな、

というのが鈴木の基本スタンスです。

 

まだまだ理解できてない作品の要素、余すところなく拾ってみなさんにお届けしますので、

どうぞお楽しみに。