ようこそ……『男の世界』へ……

みなさんこんにちは。

日曜の午後に珍しくのんびりしながらブログを書いている鈴木です。

ブログで何度も書いてますが、鈴木はふかふかのオフトゥンで眠るのが大好きなので、

休みの日はだいたいゴロゴロしながら本を読んだりトレーニングしたり映画や舞台の映像を見たりして過ごしています。

その弊害のせいでスレンダーだった体型が筋肉質になってきちゃって着れる服が減ってきている今日この頃。

新しい服が欲しいなあ。なんて思いながら日々取り組んでおります。

 

さてそんな鈴木ですが、9月の岩手、10月の東京公演では「蜘蛛となめくぢと狸」を語ることになっております。

タイトルが長いのでもっぱら「なまねこ」(狸のシーンで出てくる呪文というかお経)と呼称してますけど。

どいつもこいつも一癖も二癖もある奴らですが、とりわけ僕はなめくぢにシンパシーを感じ、語りにも力を入れているのですが、

そのなめくぢのシーンには「相撲」を取るシーンが登場します。

その相撲のシーンこそなめくぢをなめくぢ足らしめる内容なのですが、相撲って、正直そんなに馴染みのない競技ですよね。

ですので、ちょろっとだけ相撲のことを書きたいと思います。難しいことはかけないので、本当に誰でも知っているようなところを掘り下げて見ましょう。

 

まず、相撲といえば何をイメージするでしょうか?

土俵、まわし、髷、力士、行司…色々要素はあると思いますが、相撲を取るときのシーンをやって見てと言われると、誰でもまず

「はっけよ〜い、のこった!」

の一声を出すと思います。

これ、どういう意味の言葉かご存知でしょうか?

これまた諸説あるのですが、鈴木は相撲協会の公式サイトが「ハッキヨイ」で書いているため、

「発気揚々」や「発気用意」が転じたものだという説を支持しています。「発気」つまり闘争心を解放とでもいうのでしょうか。

 

そしてこれ、何も開始の合図の言葉ではないのです。みなさんヨーイドンのことだと思ってらっしゃると思うのですが、

実は日本で言うところの「立ち合い」と言うものは、世界的に見ても他に例のない極めて珍しい対戦形式でして、

審判などの第三者によらず、無言の中両者に合意が生まれて、それを機に両者一斉に一撃を繰り出すと言う様式なのです。

スポーツという範囲の中でもこれは他にはない形式で、大相撲でも合意が生まれない限りは何度もやり直しがなされたそうです(これを「仕切り直し」と言います。聞いたことがあるんじゃないかと思います)。ちなみに、1時間も仕切り直しをし続けてたことがあったので現在は制限時間が設けられているとか。

そして「のこった」とは「土俵に余地がある」つまり「最初のぶつかり合いで勝負がつかなかった」ということを言っている言葉なのだそうです。

一回だけ言えばいいじゃんとか思ったのは鈴木だけじゃないはず。

今は立ち合いには両者が近づいていい距離や仕切り直しの制限時間があるそうなのですが、記録によれば頭と頭を付き合わせている写真も存在しているとのこと。闘牛かな?

 

しかし、鈴木はこの「立ち合い」というものが大好物でして。

まあ所謂「抜きな。どっちが早いか勝負しようぜ。」なノリが三度のご飯と同じくらい好きということなのです。

古い西部劇の映画でこういうシーンの出てくる映画というと「クイック&デッド」(比較的新しいか)とか「怒りの荒野」「シェーン」なんかが好きです。

そして台詞もなく抜き打ちでの勝負というとやっぱり「椿三十郎」のラストシーンでしょうか。

この作品と「用心棒」の二作は本当に大好きで子供の頃嫌がる妹や弟を無視してチャンネルを固定してました。

 

ハッキヨイの語源こそ知らなかったものの、こういう立ち合いのシステムや歴史なんかは剣道を習っていた頃に師範から教えてもらったことがあり、

子供のくせに結構相撲が好きという変わり者の鈴木でした。

改めて相撲を再現するにあたって歴史や技などを調べてみると、改めて発見があったり、賢治作品とリンクする部分もたくさん見えてきて、

やはりどんなことでも日々勉強なのだなあと思います。

 

9月まであと3ヶ月を切りました。

残りの時間でもっともっと楽しい作品に仕上げますので、皆様ぜひご来場くださいませ。

それでわ。